最高財務責任者メッセージ

スピード感を持って事業ポートフォリオの変革と収益性改善を推進する
執行役員
最高財務責任者
木田 稔

2025年10月掲載

2025年10月掲載

2024年度の振り返りと2025年度の業績見通し

2024年度の売上収益は4兆4,074億円となり、2023年度比で202億円の増収となりました。コア営業利益については、2023年度はケミカルズ事業で赤字でしたが2024年度は同事業の収益が大きく改善したこともあり、グループ全体で2,984億円と2023年度比903億円の大幅な増益となりました。EV/モビリティ市場や食品包装市場のように、グローバルで需要が軟調だった分野もありましたが、MMAモノマーの市況価格の上昇や、ディスプレイ市場の好調、半導体市況の回復などが業績改善に大きく貢献しました。
 なお、2025年7月1日に譲渡した田辺三菱製薬(株)*が担っていたファーマ事業を除いた2024年度の業績は、売上収益3兆9,476億円、コア営業利益2,288億円、親会社の所有者に帰属する当期利益450億円となります。
 2025年度は、売上収益3兆7,400億円、コア営業利益2,650億円となる予想です。売上収益はファーマ事業を除いた2024年度比で約5%の減収を見込む一方、コア営業利益は約16%の増益の見通しです。親会社の所有者に帰属する当期利益は1,450億円となる見込みですが、これにはファーマ事業の譲渡益や譲渡前に発生した利益など約940億円が含まれています。この影響を除いた実質的な親会社の所有者に帰属する当期利益は2024年度と同水準の見通しです。

*2025年12月1日より田辺ファーマ(株)に商号変更

中期経営計画2029

2024年11月、私たちは10年後のありたい姿である「KAITEKI Vision 35(KV35)」と、その実現に向けて2025年度から2029年度までの5年間で取り組む「中期経営計画2029(中計2029)」を公表しました。中計2029では、「事業選別の3つの基準」に基づいて事業ポートフォリオの変革を進めるとともに、「規律ある事業運営の3原則」に則り収益性の向上を図ることで、グループ全体としてコア営業利益4,600億円*の実現をめざします。

*ファーマ事業を除く

コア営業利益成長計画

1. 産業ガス事業に関しては、日本酸素ホールディングス株式会社が2022年に策定した「NS Vision 2026」を基に、継続的な需要成長および価格マネジメント、生産性向上等の効果を織り込み、三菱ケミカルグループ株式会社が独自に推定

 特にケミカルズ事業において、この「規律ある事業運営の3原則」に則した施策の実行により、5年間で累計1,400億円のコア営業利益改善をめざします。この中には、MMAにおけるコストリンクフォーミュラ拡大によるボラティリティ低減といった「価格政策」や、各事業におけるコスト削減や構造改革の推進などの「資産最適化」による改善を見込んでいます。また、3原則の一つである「投資判断」ですが、主な成長投資のうち、2025年度はイタリアの炭素繊維複合材の大型プレス成型機の稼働や、ドイツのポリエステルフィルムの新工場の稼働を予定しており、来期以降にはそれらの投資のリターンが出始めるものと見込んでいます。
ケミカルズ事業 主要成長投資計画

ケミカルズ事業全体でポートフォリオ改革を推進

2024年度は構造改革費用を含め1,017億円の非経常損失を計上しており、2025年度も構造改革に伴う費用として約630億円の非経常損失を計上する予定です。
 中計2029の中では、ケミカルズ事業において売上収益相当で約4,000億円規模の事業整理を計画しており、そのうち約3,500億円分(2025年8月1日時点)についてはすでに意思決定を終えています。具体的には、香川での製鉄用コークス工場の40%の能力削減や関西熱化学株式会社の譲渡、広島におけるMMAモノマーおよびアクリロニトリル関連製品のプラント閉鎖、PETボトル事業からの撤退など、複数の事業で見直しを進めてきました。福島の小名浜工場についても2027年3月末までに順次生産を終了する予定です。
ケミカルズ事業の選択と集中
 施策は着実に実行しています。数値としての効果はこれから本格的に表れてくる段階であり、事業ポートフォリオ改革は着実に前進しています。これまでは主にベーシックマテリアルズ&ポリマーズやMMAの整理を進めてきましたが、今後はスペシャリティマテリアルズでも改革を断行していきます。当社グループは製品ラインナップが広範であることから、株主、投資家の皆様からは「事業の中核や成長領域をさらに明確に示してほしい」といったご要望をいただいています。これからは、KV35の中で注力事業領域として位置付けて積極的に投資していく事業と、そうでない事業の切り分けをより明確にし、注力領域にない事業については、必要に応じてベストパートナーへの譲渡や再編・再構築を図り、ケミカルズ事業全体で選択と集中を推進していきます。
 事業ポートフォリオの転換を進める現在は、当社グループの10年後にありたい姿に向けた過渡期です。この過渡期においては構造改革による痛みも伴いますが、その結果、利益が大幅に成長することが見込まれ、株主、投資家の皆様へのご期待に十分にお応えできるものと考えています。経営方針と、この過渡期における利益成長を中心とした実績について、わかりやすく丁寧に開示することで、株主、投資家の皆様との信頼関係の強化に努めていきます。

ファーマ事業の譲渡の背景と効果

今般実行したファーマ事業の譲渡については、「なぜ成長性や収益性の高い事業を手放すのか」といったご意見もいただきました。私たちが譲渡を決断した最大の理由は、バイオプロセスを基盤とした医薬品開発が主流となり、当社グループの中核である化学事業との間にシナジーを見出すことが難しくなってきた中で、当社グループよりも他のベストオーナーが運営した方が、ファーマ事業の成長につながると判断したためです。ファーマ事業を継続的に成長させていくには、パイプラインの拡充に向けて多額の研究開発投資が不可欠です。当社グループはKV35の実現に向けて注力領域への集中投資を進めていることもあり、高いリスク許容度と継続的な資金投入が可能なオーナーによる運営が、ファーマ事業にとって最適であると考えました。
 本譲渡により約5,100億円の資金を得ましたが、このうち約3,300億円はファーマ事業が今後5年間に生み出すと想定されていたキャッシュ・フローを言わば前倒しして獲得したものと捉えており、実質的な追加のキャッシュインは1,800億円程度と見なしています。
 約5,100億円の譲渡対価のうち約2,000~2,500億円(図表内A)は新たな成長投資、あるいは財務体質の改善や将来の戦略的投資に向けた借入余力確保を目的とする負債返済や、自己株式取得*による株主還元などに活用する方針です。また、残りの約2,500~3,000億円(図表内B)については、中計2029で織り込んでいた通り、ケミカルズ事業の成長に要するKV35の5つの注力事業領域に対して集中的に設備投資・投融資を行う方針です。

*2025年5月13日に公表した500億円を上限とする自己株式の取得は、2025年8月1日をもって終了

自己株式取得について

*グリーン・ケミカルの安定供給基盤、環境配慮型モビリティ、データ処理と通信の高度化、食の品質保持、新しい治療に求められる技術や機器

最適な資本構成に向けたバランスシートマネジメント

2024年度末のバランスシートは、1年前と比較して着実に改善しました。事業再編の進展などが奏功し、2024年度の資産合計は2023年度比で約2,100億円圧縮されました。ネットD/Eレシオも1.06倍と、2023年度の1.16倍から改善しています。
 現時点では、ネットD/Eレシオ0.8倍が当社グループにとって健全かつ適切な水準と考えています。2025年度には自己株式の取得や負債返済を進め、0.83倍とほぼ同水準に近づく見込みです。この水準を中計最終年度の2029年度まで維持することを財務目標としています。資本コストを意識しながら適度に借入を活用し、収益や利益に見合った資産規模の適正化を進めていきます。負債と自己資本のバランスを整えることが、持続的な経営の基盤となると考えています。
ネットD/Eレシオ推移
 運転資金の削減についても着実に成果が表れています。2024年度に発足した現経営体制下では、この取り組みを最重要課題の一つとして強化しています。日々の業務における規律ある取り組みを着実に積み重ねたことに加え、コークス事業の縮小に伴う在庫の減少など、事業再編や事業規模の縮小といった構造改革等が奏功し、2024年度は営業債権で307億円、棚卸資産で134億円のキャッシュインを実現しています。今後も運転資金管理には継続的な努力が求められます。一度削減した在庫を再び増加させないためには、日々の業務の中で継続的なモニタリングを徹底することが不可欠です。在庫は多い方が納期を守りやすくて安心だという現場の気持ちもよく理解できますが、その在庫が資金を拘束しているという事実を意識しなければなりません。私たちは金融機関や株主、投資家の皆様からお預かりしている大切な資金を最大限有効に活用しなければならず、その自覚を持って日々の業務に臨む必要があります。

収益性改善と資産圧縮の2軸でROICを向上させる

ROICの向上に向けては、分母である投下資本と、分子である利益の両面からのアプローチが必要です。その中でも感度が高いのは分子、すなわち利益の改善です。2024年度のROICは4.7%となり、2023年度の3.4%から大きく改善しました。産業ガス事業やファーマ事業の収益性は以前から安定していたため、この改善は主にケミカルズ事業の収益性向上によるものと言えます。今後は、これまでグループ内で相対的に低水準だったケミカルズ事業を中心に、さらなる収益性改善を図ることで、グループ全体のROICを7%以上に引き上げることをめざしていきます。
EPS、ROIC、ROE推移

*1 EPSは継続事業に係る1株当り利益を表示しています。定時株主総会にて田辺三菱製薬の譲渡に関する決議が成立したことを受け、ファーマ事業は非継続事業に分類されました。これに伴い、FY25予想およびFY29目標は、同事業を継続事業に係る1株当り利益の算定から除外しております。また、同事業を除外して算定したFY24のEPSは△1.7円です。
*2 ROEについては、FY29目標を開示していません。

 分母で最も大きな構成要素は固定資産ですが、ここは投資の意思決定段階ですでに決まってしまうため、日々のオペレーションの中で調整するのは困難です。このため、現場では主に運転資金の改善に注力しています。2024年度は、3つの事業部をパイロットとして位置付け、ROIC改善活動を推進しました。ファイナンス部門と事業部門が一体となり、データに基づく精緻な分析を通じて改善項目や課題を特定し、具体的なアクションを設定・実行・モニタリングすることで、着実なROICの改善を実現しました。こうした成果を踏まえ、2025年度は新たに7つの事業部へと活動を拡大するとともに、海外を含む子会社にも展開を広げています。また、各事業部・各社ごとにKPIを設定し、目標に対する進捗を継続的にモニタリングする体制を整備することで、活動の深化と持続的な企業価値の向上を実現していきます。
 加えて、固定費の削減にも注力しています。2017年の旧三菱化学・旧三菱樹脂・旧三菱レイヨンの統合効果をさらに一歩踏み込んで、着実に創出すべく、今後は特に間接部門の合理化を通じて固定費の圧縮を図り、損益水準を恒常的に引き上げることに努めていきます。
 また、ROIC向上のためには、業績が低迷している事業への対応も避けては通れません。中でも炭素事業は、現在も大きな赤字を抱えており、2024年度には275億円のコア営業損失を計上しました。2024年度は生産縮小などの対策を講じましたが、2025年度はその効果が問われる重要な局面として、販売ポートフォリオの最適化や徹底的なコスト削減などの自助努力を推進することにより、早期の収益黒字化を実現します。

株主還元の考え方

株主還元の基本は配当であると考えており、配当性向35%を基本方針としています。その上で、現行の年間配当1株当り32円という水準を維持することも重視しています。2024年度は、親会社の所有者に帰属する当期利益が450億円であったのに対し、1株当り32円の配当を実施したため、約456億円の資金を要することになりました。結果として配当性向は101.3%となりましたが、減配することなく安定的な株主還元を実施しました。
 2025年度は親会社の所有者に帰属する当期利益が1,450億円となる見込みです。これにより、配当性向は31.4%となる見通しですが、2025年度の利益にはファーマ事業譲渡による一過性の利益が含まれていることを踏まえると、還元方針の一貫性を保った配当だと考えています。
1株当たり配当金、配当性向 推移
 さらに、500億円規模の自己株式取得も実施しており、配当と合わせた総還元性向は70%程度となる見通しです。今後も、配当性向35%の維持を基本としながら、安定的かつ継続的な株主還元の実現に努めていきます。

最高財務責任者としての役割

私は、当社グループの中でも特に資本市場や株主、投資家の皆様と向き合う立場にあることから、その視点を活かして、外部の方々のメッセージを社内に適切にフィードバックすることが重要な役割だと考えています。私たちは自分たちのことを最もよく理解しているはずです。過去の成功体験に基づく自負もあります。しかし、それが現在の成果に直結しているとは限りません。だからこそ、常に客観的な視点を持ち、必要であれば従来の経営手法を見直す柔軟性が求められます。
 そうした変革に向けたメッセージを社内に伝え続け、率直な議論を促しながら、組織全体で思考を深めていくことが、私自身の責任であると感じています。今後も粘り強く取り組み、当社グループの変革と成長を引き続き牽引していきたいと考えています。
 現経営体制下で約1年半が経過*し、3年以内に成果を示すという初期の目標も折り返し地点に差しかかっています。特に注力しているスペシャリティマテリアルズにおいては、持続的な成長の兆しが見え始めており、今後はその成果を株主、投資家の皆様にも実感していただけるよう、施策の実行スピードをさらに加速させていく方針です。こうした取り組みを通じて、当社グループの変革と成長の確からしさをより明確にお伝えできるよう努めていきます。株主、投資家の皆様には、引き続き当社グループの取り組みに期待を持って見守っていただけますと幸いです。

*2025年9月時点

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