EV用バッテリーケースの“当たり前”を変える。三菱ケミカルの挑戦

EV用バッテリーケースの“当たり前”を変える。
三菱ケミカルの挑戦

2026.03.18
 / Business Insider Japan掲載記事
※本記事の内容、所属・役職等は取材当時のものです。
※本文中の「三菱ケミカル」は三菱ケミカル株式会社を指し、「三菱ケミカルグループ」は三菱ケミカルグループ株式会社とそのグループ会社を指します。

EV(電気自動車)市場が拡大するなか、車両の軽量化、安全性、そして環境負荷低減を同時に実現することが求められている。その鍵を握るのが、バッテリー周辺の材料技術だ。三菱ケミカルグループがEV用のバッテリーケース向けに開発した、「GMTeFR™(ジーエムティー・イーエフアール)」も、自動車業界が直面する課題に応える素材のひとつ。軽量で成形加工しやすく、リサイクル性に優れた無機繊維強化熱可塑性複合材料*1に、遮炎性を付与した革新的な素材だ。
この新たな複合材料「GMTeFR™」は、EVバッテリーの進化にどう寄与するのか。EVのリバースエンジニアリング*2を通じて各国自動車メーカーの技術動向をよく知る飯豊(いいで)電池研究所の小野寺大輔氏と、三菱ケミカルでバッテリー周辺部材に関する新事業開発を担当する高田信暁氏の話から紐解く。

*1セラミック繊維に代表される無機繊維で補強され、加熱による成形が可能なプラスチック系複合材
*2機械の分解や動作の解析を通して、製造方法や動作原理などを調査する手法

熱暴走による延焼を防ぐ最後の砦

新車販売では、HEV(ハイブリッド車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)が大きな割合を占め、さらに、BEV(バッテリー式電気自動車)も普及が進んでいる。これらの車は広義の意味でEVとしてカテゴライズされ、大型のバッテリーを搭載しているという共通点がある。

「本来、リチウムイオンバッテリーは適切な管理下にあれば基本的に安全で、発火の恐れは高くありません。それでも、万が一の制御不能や物理的な破損による熱暴走への備えは、自動車メーカーにとって最重要課題です」と語るのは、三菱ケミカルの高田信暁氏だ。

高田信暁(たかた・のぶあき)氏/三菱ケミカル コンポジットマテリアルズ本部 熱可塑コンポジット推進部長

高田信暁(たかた・のぶあき)氏/三菱ケミカル コンポジットマテリアルズ本部 熱可塑コンポジット推進部長。エンジニアリングプラスチックにおける幅広い業界(航空宇宙、モビリティ、食品、液晶・半導体、情報電子、物流、医療など)の市場開発を担当後、バッテリー周辺部材の新事業開発に従事。新ビジネスの企画開発をリード。2025年4月から現職。

「ひとつのセル(エネルギーを蓄える最小単位)が熱暴走を起こすと、その熱が隣のセルへと伝わり、連鎖的な爆発を引き起こす恐れがあります。そのような熱暴走によって発生した火炎やガスを抑え込むのが、バッテリーケースの大きな役割のひとつです」(高田氏)

車体の軽量化が進み、内外装材では金属から樹脂(プラスチック)への代替が広がる一方、EV市場におけるバッテリーケースの素材は依然としてアルミニウムや鉄などの金属素材が主流であり、樹脂の採用はごく一部だ。

しかし、軽量化を目的に樹脂を活用したいというニーズは以前からあった。また、今後の採用拡大に向けて重要となるのがリサイクル性だ。その背景にあるのが、欧州を中心に加速する環境規制、特に「ELV(End-of-Life Vehicles)規制」の存在だ。同規制では、リユースを含む資源循環の考え方を前提としつつ、施行から6年以内に自動車に使用されるプラスチック部品のうち最低15%、10年以内には25%をリサイクル材とすることが義務づけられ、さらに、そのうち20%を使用済み自動車(ELV)由来とすることが求められている。

「私たちも環境規制への対応を視野にリサイクル技術の開発を進めてきました。ただ、三菱ケミカルグループが掲げる理念『KAITEKI』の考えのもと、サステナブルな社会の実現を考えれば、使用後も自動車部品として再び活用できるマテリアルリサイクル*3が可能な樹脂素材の開発は必然でした」(高田氏)

*3物理的に破砕・溶融・再加工して、新たなプラスチック原料や製品として再利用するリサイクルのこと

従来、一部のバッテリーケースで使われていた樹脂は、一度固まると溶けない「熱硬化性樹脂」が主流で、マテリアルリサイクルには不向きだった。対して、「熱可塑性樹脂」は、熱を加えると溶けて再び成形でき、リサイクルが可能という特徴を持つ。

しかし、バッテリーケースには熱暴走対策のため、難燃性が求められる。熱で溶ける樹脂で、バッテリーからの発火で生じる高温の火炎を抑え込むことは可能なのか。この難題をクリアしたのが、独自製法で無機繊維に樹脂を含浸させた材料と、樹脂の難燃化技術を組み合わせて製品化した「GMTeFR™(繊維強化熱可塑性樹脂複合材・難燃グレード)」だ。

視察で生まれた、現場の共通認識

EV用バッテリーケース向けの素材開発にあたって協力を仰いだのが、山形県飯豊町に拠点を置く飯豊電池研究所だ。バッテリーのリバースエンジニアリングを強みに、デバイスの特性に合わせたバッテリーの設計・開発を行っている。

EV黎明期から世界中のEVを購入し、バッテリーセルの中身まで解体・分析してきた日本でも類を見ない企業だ。

小野寺大輔(おのでら・だいすけ)氏/飯豊電池研究所 代表。

小野寺大輔(おのでら・だいすけ)氏/飯豊電池研究所 代表。電動モビリティシステム専門職大学講師、静岡大学客員准教授を兼任。2016年に㈱飯豊電池研究所を設立。バッテリー分野の研究開発支援や最新リチウムイオンバッテリーのベンチマークを行い、海外EV搭載バッテリーを中心に独自分析を展開している。

「私たちの強みは、ネットの情報やカタログスペックに頼らず、実際にEVを購入し、現物を徹底的に検証することです。中身を見てわかるのは、中国メーカーの開発スピードの凄まじさ。素材や方式の組み合わせを全パターンで試し、トライアンドエラーを重ねながら、良かったものを即座に採用する。このスピード感と実態を把握するには、現物を見るしかありません」(小野寺氏)

バッテリーのセル分解は、危険な作業だ。正極と負極が触れればショートし、火花とともに爆発的な燃焼を引き起こす。また、電解液は有害であり、適切な処理が不可欠だ。メカ(構造)とケミカル(化学)の両方に精通している必要がある。だからこそ、三菱ケミカルも飯豊電池研究所と協力し、もともと保有していたバッテリーに関わる知見をさらに深めているという。

「樹脂だけでなくバッテリー材料の研究者など、部署を横断した複数名の現場メンバーで定期的に飯豊電池研究所を訪れています。三菱ケミカルグループは、経営方針『KAITEKI Vision 35』の実現に向けて、『つなぐ』をキーワードとして掲げていますが、まさにこれを具現化した取り組みです」(高田氏)

高田氏は、飯豊電池研究所との協業の狙いについて、こうつけ加えた。

「顧客のニーズに応えるためには、樹脂の担当は樹脂のこと、バッテリー材料の担当はバッテリーのことだけに特化するのではなく、組織横断でシームレスに連携し、バッテリーシステム全体にとって何が最適かを考えることが重要です」(高田氏)

小野寺氏も、「多くの企業が見学に訪れますが、ここまで部門横断で、複数人で来られるのは三菱ケミカルくらい。現場が共通認識を作ろうとする動きは、開発スピードにつながると思いますし、強い一体感を感じています」とその姿勢を認める。

「当社への視察では、三菱ケミカルの異なる部署のエンジニアたちが、分解されたバッテリーを囲んでディスカッションをしています。現物を前に、さまざまな部署の人間が議論することで、机上の理論ではなく実態に即した開発が可能になる。この現場レベルでの自由な意見交換と、そこから生まれる新たな気づきこそが大切です」(小野寺氏)

相反する要素の融合。溶けるのに燃えにくい技術とは

飯豊電池研究所の協力を受けながら、バッテリーの最新トレンドや課題を深く理解した上で開発されたのが、前述の「GMTeFR™」だ。

最大の特徴は、溶ける性質を持つ「熱可塑性」でありながら、火炎を止める「遮炎性」も兼ね備えていることだ。実際に行われた燃焼実験では、バッテリーの熱暴走を想定したバーナーの炎を直接当て続けても、穴が開く気配はなかったという。

「『GMTeFR™』は、三菱ケミカルの難燃化技術を三菱ケミカルアドバンストマテリアルズが展開する繊維強化熱可塑性複合材に適用したもので、熱可塑性樹脂を用いて火炎を抑えるのは、非常にチャレンジングな技術開発でした。開発のポイントは、当社グループが有する繊維や樹脂、バッテリーシステムに関する技術・ノウハウを結集し、熱可塑性樹脂をベースに繊維や樹脂の組成を工夫したことです。火に強い特殊な繊維と樹脂の反応を利用し、強度・剛性や軽量性と加工性、リサイクル性を両立させました」(高田氏)

現在、主流であるアルミ製のバッテリーケースに対して、「GMTeFR™」の優位性はどこにあるのか。高田氏は「軽量化、部品一体化、リサイクル性など熱可塑性樹脂による一般的なメリットは当然として、バッテリーの観点では温度ムラのできにくさというものがあります」と語る。リチウムイオンバッテリーは、温度変化に対して比較的敏感という特徴を持つ。低温でも高温になりすぎても劣化は進み、セル内で温度ムラがあっても劣化が進む。重要なのは、すべてのセルを均一な温度環境に保つことだ。

「アルミや鉄は熱伝導率が高いため、外気温の影響をダイレクトに受けます。冬場、アルミサッシの窓辺が寒いのと同じで、バッテリーケースも外気で冷えやすく、バッテリー内部に温度ムラを作ってしまいます。これらの状況が続くと電極の内部が劣化し、最悪の場合、熱暴走の引き金になる可能性があります。樹脂の断熱性を活用した適切な熱マネジメントシステムを導入することができれば、バッテリーを一定の温度に保ち、結果としてバッテリーの寿命を延ばし、安全性を高めると同時に急速充電性の向上にも貢献することができると考えています」(高田氏)

小野寺氏も、この見解に同意する。

「EV市場をけん引している中国の最新トレンドを見ても、バッテリーの長寿命化がキーワードになっています。10年、20年持つバッテリーを作るには、徹底した温度管理が不可欠です。その意味で、断熱性に優れた樹脂ケースというのは、非常に理にかなった選択肢と言えます」(小野寺氏)

リサイクル性によってグローバル市場で優位に立つ

熱可塑性樹脂に遮炎性能を付与するのはチャレンジングな技術開発だったが、安全性に加え、三菱ケミカルが追求したのがリサイクル性だった。

「通常、樹脂のマテリアルリサイクルは、粉砕、選別、溶解、ペレット化など5つ以上の工程が必要です。一方、『GMTeFR™』は“プレス成形”という手法で成形され、技術的には使用済みのケースを加熱オーブンに入るサイズに切断し、加熱してプレスするだけで、初期性能を高いレベルで維持したまま、バッテリーケースとして水平リサイクルすることができます。樹脂の成形は射出成形が主流ですが、EVに求められるような大型樹脂部品でリサイクルを考えるとプレス成形も一つの選択肢になってくると考えています」(高田氏)

GMTリサイクルへの取り組み

小野寺氏も、リサイクル性に優位性を見出している。

「たとえば、EV開発が進んでいる中国のバッテリーパックの設計思想を見ると、まだリサイクルを完全に考慮した作りにはなっていません。リサイクルしやすく、かつ長寿命で安全なバッテリーパックの設計と素材。このパッケージを提案できれば、グローバル市場でも十分に戦えるはずです」(小野寺氏)

三菱ケミカルが描く未来は、単に金属からプラスチックへ素材を置き換えるだけではない。高田氏は、ライフサイクル全体への貢献という視点からこう語る。

「私が考える循環型社会の絶対条件は、現実的であることです。どれほど環境に優れたリサイクル技術であっても、コスト面で無理があれば社会に受け入れてもらえません。だからこそ、理想の追求にとどまらず、経済的にも持続可能であることが重要だと考えています。『GMTeFR™』の最終的なゴールは、経済合理性を伴うリサイクルの仕組みを構築することです。そして、軽量性、安全性、リサイクル性といった『GMTeFR™』の強みを活かし、従来の鉄やアルミなどの金属素材を上回る価値を届けていく。私たちは、お客様の確かなパートナーとして、EV市場に不可欠な存在をめざしていきたいと考えています」(高田氏)

最後に小野寺氏は、「常に現物を見て、自分たちで触って確かめる。その姿勢を変えずにいてほしいですね。三菱ケミカルは多岐にわたる素材を展開しています。過去の経験から得た学びを活かしつつ本質的な技術力を発揮すれば、新たな価値を創出でき、グローバル市場で勝てるポイントも見いだせるはずです」と三菱ケミカルへ期待を寄せた。

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