「対話から始める新たな未来」地域と共創する循環型社会

「対話から始める新たな未来」
地域と共創する循環型社会

2024.11.25
 / TEXT BY MCG
※本記事の内容、所属・役職等は取材当時のものです。

横浜市青葉区にある「Science & Innovation Center」内の新研究棟の建設を機に、2022年4月に地域との交流を推進する場として、「青葉台リビングラボ」を開設しました。
リビングラボとは、アメリカ合衆国で生まれ、北欧で発展した「暮らし(Living)」と「実験室(Lab)」を融合した概念で、多様なステークホルダーが協力して地域課題の解決を図る、新たな共創のかたち。「青葉台リビングラボ」では、産官学民との共創で循環型社会の実現を目指す様々な試みが行われています。
共創の先に、どんな未来が待っているのか。 Science & Innovation Centerの小野祐樹さんと青木大さん、そしてローカルメディア「スパイスアップ」代表 柏木由美子さんの鼎談で解き明かします。

メンバー
■メンバー(左から順に) ※敬称略
青木 大Science & Innovation Center
Functional Design Laboratory
柏木 由美子ローカルメディア「スパイスアップ」代表
小野 祐樹Science & Innovation Center
研究推進部 交流推進グループ

北欧の成功例に見るリビングラボ対話の重要性

リビングラボとは新しい技術やサービスの開発にユーザーや市民も参加する共創活動です。北欧では20年ほど前から、リビングラボによって持続可能なまちづくりが行われ、市街地における自転車モビリティの推進やセンサー付きダストシュート設置など多くの成功を収めてきました。その大きな要因とされているのが「対話」の量と質。北欧では、さまざまな背景を持った参加者が、社会課題への意識高く対等に意見を交わし、ともに解決策を模索しています。

参加者それぞれの視点や知見を尊重しながら対話を重ね、同じ目標に向かって進んでいくことが、リビングラボの本質的な価値であり、このことが、青葉台リビングラボのあり方にも大きな示唆を与えています。

「日本では、行政や地域市民が主体のリビングラボはあるのですが、まだ企業主導型は多くありません。しかし、社会課題が多様化している今、新たなイノベーション創出には、研究者と市民の対話、地域とのつながりが重要になってきています。私たちとしては、青葉台リビングラボの活動を通じて、産官学民が連携して地域や社会の課題を共有し、その解決につながる新たな技術やサービスを生み出していきたいと考えています」(小野さん)

それぞれの問題意識が交差して……市民と研究者の出会い

三菱ケミカルグループで社内外交流を推進する小野さんと、プラスチック材料の研究に従事する青木さん、そして、地域をより良くする活動を続ける柏木さん。3人の出会いは、さまざまなタイミングが重なって起きた偶然でした。

青葉台リビングラボは、『研究所を地域に開かれたイノベーションセンターに』という発想が起点となっていました。小野さんは当初、その構想の一端を担う分科会の担当者でしたが、地域との関わりを深める中で、青葉台リビングラボの中心的存在となっていきました。

一方、スパイスアップの柏木さんは、運営するキッチンカーの使い捨て紙コップやカトラリーに問題意識を持っていました。ご自身で学習や調査を進める中、三菱ケミカルグループが手掛ける生分解性プラスチックの存在を知ります。柏木さんは、「これを使わせてほしい」とScience Innovation Centerを訪れたのです。

「正直難しいだろうなと思い訪問しましたが、反面、地域の声を聞いてくれたらうれしいという淡い期待もありました。いざ相談してみると三菱ケミカルグループの反応は非常に前向きなものでした」と柏木さん。

ローカルメディア「スパイスアップ」代表 柏木 由美子
ローカルメディア「スパイスアップ」代表 柏木 由美子

青木さんが参加するようになったきっかけは、「ポリプロピレンの代わりに天然素材の竹を活用する」という青木さんのプレゼンテーションでした。ちょうど、青葉台リビングラボのテーマとして『循環型の素材』を検討しており、プレゼンテーションを聞いた小野さんは、青木さんが持つ企業目線に、市民目線も加われば、さらに素晴らしい研究になると直感したと言います。

こうして3人が出会い、地域社会の課題を解決していく共創活動が始まります。しかし、企業と市民が活動をともにするには、難しさもありました。

合わない目線 交わらない対話

最初の活動は、アイデアソン*1。三菱ケミカルグループの研究者と、スパイスアップが立ち上げた地域コミュニティ”SOZAi循環Lab”のメンバーが、地域課題やその解決に向けたアイデアを出し合いました。しかし、小野さんは、「市民と研究者の対話は、正直うまくいかなかった」と当時を振り返ります。原因は、問題と向き合うときの目線、そしてアプローチの違いでした。

Science & Innovation Center 研究推進部 交流推進グループ 小野 祐樹
Science & Innovation Center 研究推進部 交流推進グループ 小野 祐樹

アイデアソンで特に議論を重ねたのが、「放置竹林」の問題。獣害被害を引き起こす可能性や生態系への影響はもちろん、竹には浅く広く根を張る特徴があり、そのため、放置竹林は土砂災害のリスクが高く、国や自治体も補助金を出すなどして対策に乗り出しています。
厄介な放置竹林とどう向き合うか。コミュニティの皆は「竹炭商品として販売したらどうか」と発案。しかし、一部の研究者からは消費量も限られていることから放置竹林の根本的な解決にならないのではないかという意見があがりました。また、企業という立場上、事業性や収益性を問う声もありました。

青木さんも「立場の異なるメンバーが同じ目線で対話することの難しさがあった」と当時を振り返ります。「放置竹林といっても、都市部と山奥では状況が異なりますし、解決策についても、伐採すれば良いという意見もあれば、産業資材やコミュニティ空間として活用など、いろいろなアイデアが出ました。私たち企業としては収益性も重要です。立場も異なり、また、思いをもって参加している方が多いからこそ、ベクトルを一致させるのが難しかったです」(青木さん)

意見のぶつかり合いが生んだ、市民と研究者の行動変容

竹林問題については、商品化に向けた協業に至りませんでしたが、三菱ケミカルグループはSOZAi循環Labの活動をできる範囲でサポートしていきました。「SOZAi循環Labの竹炭は、その空隙率の違いから、一般に言われている消臭や除湿よりも、脆さを活かしたほうがいいことが分かりました。竹炭が多孔質であることは周知のことですが、高温で焼成した竹炭の孔は、脆い構造をしていることを電子顕微鏡写真で説明してくれました。」(柏木さん)

そして、Science & Innovation Centerのメンバーから多孔質で竹炭にすると脆くなる特性を活かして墨汁にすることを提案。それが、竹炭をすりつぶして墨汁にするクラフト墨汁プロジェクトという活動につながっていきました。「墨汁は日本では子どもからお年寄りまで誰もが親しみあるもの。そこからもっと多くの皆さんに竹林問題に興味を持ってもらえたらと、アイデアもどんどんわいていきました」と柏木さん。アイデアソンでの意見のぶつかり合いも「方向性を明確にすることはもちろん、これからの対話の在り方を考えるための必要なプロセスだった」と振り返ります。

SIC

一方、放置竹林の実態を知るため青木さんは、小野さんとともに現場を訪れました。そこで初めて「竹を粉砕するときの騒音が近隣地域では問題になる」という話を聞き、課題解決に向けては技術的なアプローチだけでは不十分なのだと気づいたといいます。それからは積極的に外の世界を見るようになったという青木さん。「研究所に閉じこもっていては解決できない課題がある。行動することが大事。そう気づかせてくれたのもこのプロジェクトでした」(青木さん)

自分たち以外の目線を意識するようになった市民と研究者。小野さんと柏木さんは、両者の交流の場を増やす活動を始めました。青葉台リビングラボでの竹炭墨汁ワークショップをはじめ、竹をあらゆる角度から楽しみ、その可能性を体感してもらう地域イベント、さらに、「研究者の目線を子どもたちにも」という思いから、小学校に出向いて竹をテーマにしたSTEAM教育プログラムも展開。三菱ケミカルグループの研究者も先生役となって、次世代を担う子どもたちに探求の楽しさを伝えています。

  • 生分解性プラスチック
  • 竹炭墨汁


また、生分解性プラスチックの土壌実験も面白い取り組みです。「きっかけは、柏木さんから生分解性プラスチックがどこで分解するのか質問されたことでした。分解菌の種類や強さは土壌によって異なります。そこで、研究所の遺伝子解析技術を使い、より詳細なデータを取ってみることにしました」(小野さん)

SOZAi循環Labと青葉台リビングラボのメンバーが、団地の花壇、堆肥場、小学校の校庭など地域の皆さんと協力して土壌サンプルを集め、どの土が早く分解を促進するか実験を行ったという。

「私たちは、単に面白いだけでなく、その面白さが波及効果を生むような企画を心がけています。この実験は、地域の皆さんの好奇心を刺激し、いろんなアイデアが生まれるきっかけになったと感じています。」(柏木さん)

「地域の皆さんに暮らしの中の科学を知ってもらうきっかけにもなりました。市民や子どもたちを巻き込むには、楽しさは不可欠。こうした取り組み一つ一つにワクワクを盛り込んでくるのが、柏木さんたちのすごいところです。」(小野さん)

SIC

デザイン思考を超えて、当事者意識が生むイノベーション

青木さんは、「青葉台リビングラボの存在が、研究に向き合うときのマインドセットも大きく変えた」と語ります。

「従来の研究開発は主に顧客の顕在的なニーズに応えることがゴールでした。その後、デザイン思考により顧客の潜在的なニーズを深掘りするように進化してきました。しかしながら地域課題や環境問題を解決するにあたっては、個々のユーザーへの共感から入っていくデザイン思考の前に、そもそも『今後、社会全体がどう変わっていくべきか』、『私たちは今後どのような社会で生きていきたいのか』という全体像、哲学的な問いから考える必要があると感じています。自社が実際に事業を行う範囲だけでなく、未来の社会全体のデザインにまで当事者意識を持って取り組む必要がある。これこそが、より高度化する社会課題に対応する鍵であり、その場が青葉台リビングラボになると考えています」(青木さん)

Science & Innovation Center Functional Design Laboratory 青木 大
Science & Innovation Center Functional Design Laboratory 青木 大

しかし、いきなり世界規模での解決を目指すと、研究者のリソースや資金など様々な障壁にぶつかります。青木さんは、地域密着型のアプローチの有効性を語ります。

「例えば、青葉区といった地域単位では、小さい規模感なのである程度資金のハードルを下げることができ、また私たち研究者も含め、皆が当事者意識を持って解決策を探っていくことができます。小さく始めて、良い成果が出れば日本そして世界に波及させる――そんな流れが生み出せれば、今直面している様々な課題も乗り越えていけると考えています」(青木さん)

こうした研究者の挑戦を支える仕組みとして、三菱ケミカルグループでは「10%カルチャー」を導入しています。これは、研究者が業務時間の10%を自分の好きな研究に充てることができるという制度で、青葉台リビングラボの活動も、この「10%カルチャー」が一つの土台となっているのです。

地域との共創から循環型社会の実現へ

青葉台リビングラボの歩みを振り返ると、リビングラボの成功に欠かせない要素が浮かび上がってきます。最も重要なのは、企業と市民がフラットであることです。小野さん、青木さん、柏木さんは口を揃えて、「両者の間に上下関係はありません。言いたいことが言い合える関係性が大切で、今の私たちにはそれができていると思います」と語ります。

従来のリニア型経済では、三菱ケミカルグループのような素材メーカーと市民は、サプライチェーンの両端に位置し、最も遠い関係にありました。しかし、循環型社会では、この関係性が劇的に変わります。市民が使用した製品がリサイクルされ、再び素材メーカーの手に戻る。こうして、素材メーカーと市民は、循環の輪の中で最も近い存在になるのです。

「循環型の素材は、まだまだ社会に組み込まれていないのが現状です。もっと浸透させていくためには、産官学民それぞれの立場・役割を持つ多くのパートナーと共に活動していくことが重要ですし、そのための一歩をここ青葉台という地域社会の中で実現していきたい。市民の皆さんが想い描く豊かな未来、循環型社会の実現を、科学と対話の力でつなげていくことができたらと考えています。」(小野さん)

青葉台の一角で始まった小さな実験は、少しずつ、でも着実に、循環型社会の青写真を描きつつあります。

  • *1 「アイデアソン」:特定のテーマについてチームやグループでアイデアを出し合い、問題解決を図る手法。

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