
素材で課題を解決する。植物由来のポリウレタン原料がもたらすものは、環境負荷削減だけではない
2024.07.24
/ Business Insider Japan掲載記事
※本記事の内容、所属・役職等は取材当時のものです。
求める機能の先に見つけた植物由来。夢のウレタン原料
カーボンニュートラルの実現に向けて、革新的な素材開発に取り組む三菱ケミカルグループ。その象徴的な素材の1つが、ポリウレタンの原料を植物由来にした「BENEBiOL™(ベネビオール™)」だ。
ベネビオール™はどのようにカーボンニュートラルに貢献するのか。その特徴や用途、そして開発秘話などを、同社の金森芳和氏と飯塚耕平氏に聞いた。
高機能を追求した結果、サステナブルな新素材が誕生
ソファー、カバンなどの合成皮革・人工皮革、靴のソール、塗料・コーティング材、パッキン等の工業用部材など、さまざまな用途に使われているポリウレタン樹脂。その原料となるのが耐水性や耐久性、耐薬品性などの機能を持つ「PCD(ポリカーボネートジオール)」だ。PCDは通常石油から製造されるが、三菱ケミカルグループが世界で初めて開発したのは、植物由来のPCD。それが、「BENEBiOL™(ベネビオール™)」で、最大93%のバイオベース度(バイオマス由来の割合を示す度合い)を有する。
開発に携わった金森芳和氏は「“ベネ”はベネフィットを、“ビオ”はバイオ(Bio)原料を表しています。そして、“オール”は、ポリウレタンの原料の1つであるポリオールから取りました。この頭文字を組み合わせて命名されたのが、『ベネビオール™』です」と名前の由来を説明する。

「ベネビオール™から作られるポリウレタン製品は、石油由来のみの原料でつくられたポリウレタン製品に勝るとも劣らない高い耐久性、例えば薬品や皮脂汚れ、べたべたとした触感を引き起こす加水分解といった劣化への強さを実現しました。また、従来のポリウレタン製品は、そういった耐久性に強みを持たせると柔軟性が犠牲になっていたのですが、ベネビオール™を使えば柔軟性も両立することもできます」(金森氏)
植物由来といえば環境への配慮を目的に開発されたと思うかもしれないが、金森氏は「それは性能を追求した結果です」と語る。
「元々は、高耐久や風合いの良さなど、お客さまからリクエストがあった機能性を実現することが目的。そのために、石油由来以外の素材も研究する過程で発見した原料の1つが、トウゴマという非可食の植物から採れるヒマシ油でした。結果として、植物由来なので石油などの枯渇性資源の消費を抑えられ、また、CO2の削減につながり環境にも配慮できるというメリットも得られました」(金森氏)

木材から風力発電、時計のバンドまで、多彩な分野で活用されるベネビオール™
ベネビオール™の顧客は多岐にわたる。それはつまり、用途が広いということだ。営業・マーケティング担当の飯塚耕平氏は、「主な用途は合成皮革や人工皮革、コーティング剤、塗料、エラストマーなどで、原料のためベネビオール™としての形は最終的にはお客様には見えませんが、実はポリウレタン製品の品質のベースとなっています」と語る。

人工皮革や合成皮革での採用事例としては、東レの環境配慮型のスエード調人工皮革「Ultrasuede® BX」が挙げられる。良好な質感や高い耐久性、通気性、イージーケア性などの機能性を合わせ持つ人工皮革だ。
「人工皮革や合成皮革の原料としては、柔軟性や優れた風合い、耐久性などが評価されています。これまでの植物由来の素材は耐久性に劣るというイメージを持たれることも多かったのですが、ベネビオール™は植物由来でありながら耐久性も併せ持ち、良質な触感を長く継続することに貢献できます」(飯塚氏)

コーティング材としては、風力発電の回転翼の保護機能も期待されている。スペイン・AEROX社の風力タービンブレード用コーティング剤「AROLEP® 940シリーズ」の原料として採用された。
「風力発電の風車は高速で回転しており、特にリーディングエッジ(回転翼の先端)は雨風によってブレードがダメージを受けます。ブレードは巨大なもので、メンテナンスにもそれなりの手間とコストがかかるそうです。『AROLEP® 940シリーズ』はベネビオール™を使用することで、従来のコーティング材よりも優れた耐久性が得られ、雨風による浸食を受けやすい洋上風力発電で使用されるブレードにおいても極めて高い耐侵食性を発揮し、メンテナンス頻度やコストを抑えることができると期待されています」(飯塚氏)
塗料では、建築物の内装や家具に使われることが多い。
コンビニエンスストア大手のローソンでは、帯広西21条南四丁目店と青森中央高校前店で、CO2排出量の削減と地域活性化を目的に、店内の壁や天井・軒天部分に地元木材を使用。その内装仕上げ用塗料に採用され、木材に柔らかで暖かみのある質感を与えている。
ローソンにベネビオール™を使った内装仕上げ用塗料を提供したのは、武蔵塗料だ。革新的な塗料製品を建築、自動車、家具、家電など幅広い市場でグローバルに提供する業界のリーディングカンパニーである。担当者はベネビオール™を採用した理由についてこう語る。
「近年、環境問題への関心が高まるなかで、多くのユーザーから要望があり、従来の塗料がもたらす環境負荷の低減が求められるようになりました。このような背景から、植物由来成分を使用し、環境に配慮した製品開発を進めることを決定。2022年、最新のコーティング技術とベネビオール™を融合させ、高品質な植物由来コーティング材『バイオペイント』の開発に成功しました」(武蔵塗料担当者)
「バイオペイント」は、前述のローソン以外にも、家具メーカーのフレイスや皮革素材メーカーの山陽などに採用されているという。

「現行の塗料と比較して塗装設備や作業性が変わらず、同様の意匠と物性強度を再現できる点が評価されています。ベネビオール™の魅力は、バイオ比率やグレードの豊富さにより、植物由来という新しい価値を多様な分野にカスタマイズできる点。この特長を生かし、多様なお客さまに提案を行い、環境配慮の取り組みに賛同していただきながら、多くの共同開発を検討しています」(武蔵塗料担当者)

提供:シチズン時計
シチズン時計は、腕時計のバンドに使われるポリウレタンの原料としてベネビオール™を採用している。その経緯をシチズン時計の担当者は、こう振り返る。
「環境配慮素材を模索しているなかで、三菱ケミカルグループから植物由来のベネビオール™のご提案がありました。量産に至るまで複数年にわたって試作と試験を繰り返し、時計用ウレタンバンドとしてより適した素材を開発。当初は環境への配慮の観点から始まった取り組みでしたが、試作の過程でベネビオール™を使用したウレタンバンドが従来のものと比べてより高い耐久性を持つことが判明し、環境への配慮だけでなく、お客様が長期間使用できる製品を実現できました」(シチズン時計担当者)
ベネビオール™を使ったウレタンバンドが採用されたのは、過酷な環境下にも耐えることができる信頼性と各専門分野で要求される機能性をもつプロフェッショナルウオッチ「プロマスター」だ。シチズン時計によるとユーザーからの評価も高かったという。
「お陰様で、ベネビオール™を初めて採用したモデルは瞬く間に完売しました。一般的に、ウレタンバンドは加水分解する性質を持つため、長時間使用すると劣化してしまうことがありますが、環境性と耐久性を兼ね備えたベネビオール™を採用したことで、従来の製品よりも優れた耐性を持ち、サラサラ感が持続すると好評です。環境への配慮が当たり前になった昨今、ベネビオール™を通じて“良いものを長く大切に使う”というライフスタイルの確立へも貢献ができたと考えています」(シチズン時計担当者)
グリーンでスペシャリティなマテリアル「ベネビオール™」を広めたい

武蔵塗料、シチズン時計のコメントから見てとれるように、環境への配慮は多くの企業にとって喫緊の課題である。この課題に対して、ベネビオール™のような植物由来の素材を活用することで解決に取り組む動きも活発化している。
飯塚氏は、「アパレル業界では国内外で環境配慮に関する情報開示の制度やガイドラインの整備等が進んできており、環境対応を意識したモノづくりでなければ、今後は受け入れられないといった懸念を強めているそうです。自動車業界等でも、CO2の削減等の文脈から、植物由来の人工皮革や合成皮革のニーズも高まっています」と指摘する。加えて、環境配慮の意識が高いのが建築用や家具用の建材業界だ。前述のローソンの事例も、そのひとつである。
「建築、家具関係でもカーボンニュートラル、資源循環関係のニーズが高まっているようです。木材活用の推進やその他材料によるリサイクル、カーボンニュートラル、バイオ材の意識が高まっており、それらを使用した店舗や事務所をつくることで、企業のESG経営につながっているとも聞いています」(飯塚氏)
「三菱ケミカルグループは、カーボンニュートラルの実現に向けたソリューション開発を進めています。ベネビオール™もその一翼を担う素材なので、環境問題に一石を投じられる提案をしていきたい。それは、多くのお客さまに素材を提供し、GX(グリーントランスフォーメーション)を推進する三菱ケミカルグループが取り組む意義だと思っています」(金森氏)
三菱ケミカルグループが掲げるパーパスは「革新的なソリューションで、人、社会、そして地球の心地よさが続いていくKAITEKIの実現をリードしていく」だ。「KAITEKI」は、サステナビリティ実現を目指す哲学でもあり、今から10年以上前、三菱ケミカルグループがKAITEKIを理念として掲げた時期とベネビオール™の開発が始まった時期は、ちょうど重なる。
飯塚氏は「KAITEKIを実現するためにも、ベネビオール™を使うといった認識を広めたい」と意気込みを語った。
お客さまが求める高機能、高耐久という機能面の追求から開発が始まったベネビオール™。その実現のために選んだ植物由来の原料や耐久性、耐薬品性の高さという特性は、結果としてCO2削減や石油という枯渇性資源の消費抑制という環境問題の解決の一助ともなった。
「いつかは、長く安心して使ってもらえる、植物由来のポリウレタン製品をどこにいても、すぐに手に取ってもらえる世界にしたいと思いますし、消費者、そして現場の開発者のみなさんに、その植物由来のポリウレタン原料といえばベネビオール™を想像してもらえるように製品展開をしていきます」(金森氏)
近い将来、ポリウレタン製品といえば長く使えて植物由来が当たり前という世の中がくるかもしれない。ベネビオール™は、そう思わせてくれる新素材である。
BENEBiOL™(ベネビオール™)についての詳細はこちら
高耐久バイオウレタン原料 BENEBiOL™(ベネビオール™)